あいまいな日本の「わらい」

今回は、いろいろな国の人が集まる会議などでの、日本人の「わらい」について書こうと思います。

なお、ひらがなで「わらい」と書いているのは、私が小学校の時に漢字ドリルをサボっていたからではなく、今から話すタイプの「わらい」が、「笑い」なのか「哂い」なのか、よくわからないからです(「嗤い」ではないはず)。

「My English is so bad !」

私がサポートを提供しているA社での実話です。
A社は海外にも事業展開しており、それゆえにいろいろな国でいろいろな問題・課題が生じます。
なので、月に2回ほど海外の主要拠点のディレクタークラスを集めて定例会議を開いています。私の役目はそのファシリテーションです。

日本からは5~6人、海外からはアメリカ、イギリス、中国、インドなど10人ほど、合計15人近くが集まって、オンラインで情報共有や進捗報告などをします。
もちろん英語です。

その定例会議に、新たにYさんという40代の男性が参加することになりました。
Yさんは英語が苦手で、このような会議はほとんど経験がありません。

なぜYさんが会議のメンバーに選ばれたのかはわかりませんが、私は事前に「会議の冒頭に軽く自己紹介をお願いしたいので用意しておいてください」とお願いしておきました。

そして会議本番。
予定通りYさんに自己紹介をするよう振りました。

Y氏 「Hello, my name is Y.」
  「Please call me XX.」(良い感じ!)
  「My English is so bad.」(え⁉)
日本人「www」
外国人「??」

でも「My English is so bad !」でわらう感覚、なんとなくわかりますよね。
そして、こういうわらいは日本人特有のものであり、多くの外国人にとってピンとこないということもわかるはずです。

わらいの根底にあるもの

そもそも自己紹介で「My English is so bad.」と言ってしまう背景には、
・英語コンプレックスをわらいでごまかしたい
・なにかに失敗した時の予防線を張りたい
・うまくできなくても許してねという一種の甘え
などの心理が混在しています。

自分を卑下してわらいに変えるマインドを見せられると、我々日本人は、
「気持ちはわかりますよ」
「英語が苦手と言いつつ、結構できるじゃないですか」
といった、生ぬるい寄り添いを無意識のうちにやってしまうのです。

そして、こういう日本人だけにわかる寄り添いは、時に外国人メンバーに疎外感を与えたり、日本人との間に壁を感じさせてしまいます。
妙なポイントで日本人だけが一斉にわらい始めると、
「我々は輪の外にいる」
と感じるのは当然のこと。
自分はそんなつもりなくても、です。

そしてこの疎外感がメンバーのやる気を大きく削いでしまうことは、一定の社会人経験を積んだ方ならよくわかるはず。
やる気のあるメンバーほど、自分が輪の外にいると感じると、もっと自分が活躍できる場所を求めて別の会社に移ったりするので、会社としても損失につながります。

多重人格のススメ

では、どういうマインドを持って多国籍な場に臨むべきでしょうか。
もちろん色々な考えがあるでしょうが、私は「人格を使い分ける」を意識しています。

つまり、日本人の中にいるときの「純ジャパな自分」と、外国人を交えた環境にいるときの「グローバルな自分」を、自分なりに使い分けるのです。

純ジャパの時は、日本人的なわらいもたくさん出しますし、出しゃばらないことを美徳とし、場の空気を気にします(「あれで空気読んでいるつもりなの?」と言われるかもしれませんが)。

一方、グローバルな場にいるときの私は、日本人的なわらいは出さず、声量は上がり、はっきり話すようになります。
まれに日本人同士で、日本人だけがわかる議論が始まることがあるのですが(例えば日本の特定の部門の話とか)、必要と判断すればいったん割り込んで、外国人メンバーに背景を軽く説明したりします。

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自然体は難しい

この人格使い分け作戦、「誰でも無意識のうちにやっているんじゃないの?」という声が聞こえてきそうです。

確かにその通りかもしれません。
しかし、「自分を失った結果、人格が変わった」のか、「自然体を失わず、人格を使い分けているのか」は、似て非なるものです。

もし自然体ならば、会議のメンバーに外国人がいようがいまいが「My English is so bad.」なんていう自己紹介は出ないはず。
これが出てしまうのは、やはり普段の自分ではないのです。

他にも、外国人っぽく振舞おうとして不自然に明るいとか、逆に「日本人であることを変える必要はない!」という妙に意固地な態度をとる人も、少数派ですがいますよね。

特に後者、意固地タイプが複数人いると、なんだか会議自体がぎこちなく、自由な発言が出にくい雰囲気になりがちで、かと言ってそれを指摘するのも難しく、なかなか厄介なのです。

やっぱり場数は必要だけど

このように「自然体を失うことなく、日本人の自分とグローバルな自分を使い分ける」というのは、言葉で言うのは簡単ですが、実際にはなかなか難しいもの。

エラそうなことを言う私自身、「自然な感じで『純ジャパ』と『グローバル』を使い分けられるようになってきたかな」という感覚を持てるようになったのは、不惑を過ぎたあたりでした。

そのためには、どうしても一定の場数が必要ですが、同じ場数を踏むにしても、日本人だけに通じるわらいに逃げることなく「ここはグローバルな場である」という意識を保つことは、やはり重要なのです。

このような、自然体なマインド(「オープン」や「フラット」という言葉に置き換えても良いでしょう)で会議に臨むと、一般に海外の人たちはとても協力的で、業務にプライドを持って対応してくれることが多いので、私はこういうマインドこそが「海外とうまくやる」秘訣の一つだとすら考えています。

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違う国の人たちと「うまくやる」能力はますます重要に

この短い文章により、一人でも多くの人がグローバルな場に臨むときのマインドについて考えるきっかけになればうれしいです。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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この記事を書いた人

Altus Leap(アルタス リープ)の人材育成研修は、海外ビジネスにおける必携スキル「英語・ファイナンス・文化理解」をパッケージ化した新しい形の研修プログラムです。研修講師は、いずれも海外ビジネスに関する豊富な経験を有する公認会計士や弁護士などのエキスパート。クライアントが高く(Altus)飛躍(Leap)するために、人材育成の面から強力なサポートを提供します。

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