海外赴任前に必要な「自国理解」

私が初めて海外で生活したのは大学3年生の時、アメリカに1年間留学したときです。
当時の私は、海外に行ってみたいという想いが強く、頭の中は楽しくてバラ色の留学生活で埋め尽くされていました。留学の選抜試験をパスした後の私はまさに有頂天そのものだったのです。
痛感した「自分の国についての無知」
しかし、実際に留学先に行ってみると、そんな浮かれた気持ちは木っ端みじんに打ち砕かれ、特に自国に関する知識の乏しさにみじめな思いをすることになります。
当時(90年代後半)の日本はバブル崩壊後。あんなに強かった日本がなぜこんなに苦しんでいるのか、経済学の授業に取り上げられることがあったのです。
授業はいわゆる参加型なので、教授が私に「トオル、なぜ日本がこんな不況になったのか説明してもらえる?」と振ってきます。しかし、私は何も言えずに沈黙していました。
教授もすぐに察して「トオルはまだ英語の勉強中だからうまく言えないけど、彼が言おうとしているのは…」とうまくフォローしてくれたのですが、私は自分の世間知らずぶり、自分の甘さを痛感し、逃げ出したい気持ちでした(この程度でグチャグチャになるあたり、まだまだ軟弱でしたね)。
さて、すでに皆さんお察しの通り、私が日本の状況について説明できなかった理由は英語力不足ではありません。自分の国について何もわかっていなかったことが理由です。
よって、仮に言語が日本語であっても私はやはり説明できなかったでしょう。
アニメ、スシ、ニンジャで足りるのか
この文章の想定読者は社会人ですので、もちろん当時の私のような世間知らずではありませんし、海外赴任者として選ばれるような方、あるいは海外で働きたいと希望を出すような方であれば、赴任先の国についてはきちんと勉強されることでしょう。
ある国について勉強していると、おそらく自然に「日本との比較」という観点が出てくるはずです。日本はこういう制度はないな、とか、ここは日本と同じだな、とか。
その時に、社会人と言えど「この点は、日本ってどうなっているのだっけ?」と自国について知らないことも出てくるでしょうから、その時に面倒がらず、きちんと調べて理解してほしいのです。
書店に行けば、「今さら聞けない○○」とか「よくわかる✕✕」のような書物が売っているので、そういうものをうまく使いましょう。それらの書物は分量を抑えつつ、重要なポイントに絞られているので、最初の一冊としては最適です。
赴任先の現地従業員は、日本という国に多かれ少なかれ興味を持っています。そして、駐在員は日本から来たのだから、日本のことはたいてい何でも知っているだろうと思っているものです。
もちろんはじめは、アニメ、スシ、ニンジャで問題ありません。特にアニメなどは、相手のほうが詳しいことも普通にあります。
しかし、現地従業員との関係性が深まっていくにつれて、国や政治の仕組み、社会保障のしくみ、経済に関することなど、「大人がするような話題」になることも出てくるはずです。
その時にきちんと説明ができると、「この人は頼りになりそうだ」となりやすいですし、逆にあまり説明できないと、相手がせっかく持ってくれた興味に水を差すことになり、高い次元の信頼関係を構築する絶好の機会を失ってしまうことになりかねません。
このように、自分の国について堂々と説明できる能力は、実は自分自身に対する信頼を高める最も有効な手段になり得るのです。
日本を語るときに気をつけたいこと
さて、ここでいくつか気を付けるべきポイントがあります。
自分から話す必要はない
ときどき、現地に溶け込みたいという気持ちからか、聞かれもしないのに「日本では…」と話し出す人がいるのですが、あくまで相手が聞いてきたときに答えれば十分です。
そもそも自分から国や政治などの硬い話題をすること自体が非常に不自然なので、場合によっては「親会社から赴任してきた立場を利用して、何かの意図をもって話題を振っているのでは?」という警戒感を相手に持たせかねません。
いったんこうなると、相手の警戒を解くことはなかなか難しいので気をつけましょう。
政治思想、宗教、性別、身分などは慎重に
ご存知の方も多いでしょうが、これらの話は日本人の一般的な感覚よりはるかにセンシティブに受け止められる可能性があるため、かなり慎重になる必要があります。
当然ながら、同じ国の中でも思想や信条はいろいろで、かつ日本よりも明確に自分の考えを主張する国が多いので、ある現地従業員が「我が国の政治はこうあるべきだ」と言ってそれに我々まで影響されてしまうと、別の従業員から「あなたは○○派なのか」のような反発を受けることもあったりします。
基本的に、これらの話題は避けたほうが良いでしょう。
「逃げるための引き出し」を持っておく
こちらが意図せずとも、話の流れでセンシティブなトピックになり、場合によっては現地従業員どうしがヒートアップすることもあります。(個人的な経験では、日本人赴任者が現地従業員とヒートアップするのは見たことがないです。)
現地従業員どうしの議論ならやらせておけば良いじゃないかと油断しがちなのですが、実はちょっと注意が必要で、自分が何も言わなくてもその場に居るだけで「トオルさんは○○派らしい」のような話を流されることもあるのです。
なので、ヒートアップの兆候を感じたら、「そういえば日本にも『UFO党』っていうかなりユニークな政党があったよ」のように、うまくヒートアップをいなす引き出しがあると良いでしょう。
日本にいる海外窓口こそ相手国に関心を持つべき
さてこれまで私は海外赴任者を想定して本稿を進めてきましたが、最後に少しだけ、日本で海外拠点の窓口を担当している人を対象に話をします。
この「窓口」というポジション、なんだか語感が軽いので、日程調整や資料の取りまとめをしている事務局のように響くかもしれませんが、実際には「日本から海外拠点をコントロールするハブ」が役割です。(ハブ人材についてのコラムはこちら)
よって、グループ経営という観点では、まさに扇のかなめ、赴任者と同等あるいはそれ以上にカギとなるポジションなのです。
しかし、このポジションの人は、自分自身が海外に赴任するわけではないので、普段やり取りしている相手先の国のことや、その裏返しとして日本のことについて学ぶモチベーションがあまり高くないケースが見られます。
私は、海外拠点の窓口の人たちこそ、相手国および自国のことについて高い関心を持ってほしいと思っています。
これは、相手のことに関心を持たないことが、ビジネスにおける礼儀として望ましくないといった「そもそも論」だけが理由ではありません。
日本の本社従業員が自分の国について色々と興味を持ってくれているというのは、現地従業員にとって素直にうれしいもの。自然と業務上も好意的・協力的になってくれることが多いので、相手国に高い関心を持つことは、実務の面においても「うまくいく」可能性を高めてくれるというわけです。
そのような良好な関係があると、「日本はどうなの?」というコミュニケーションも生まれるので、やはり日本のことについても学んでおく必要があるのです。
前述の通り、海外窓口はグループ経営のかなめですから、相手国との信頼構築は最重要項目の一つです。そのための土台として、相手国および自国の理解を深めることは必須科目と言えるでしょう。
終わりに
繰り返しますが、海外を知るということは、相手国に関する知識を増やすというだけではありません。日本についてもきちんと知ることによって、文字通り相互理解が進むのです。
そして、こういう知識は一朝一夕では身につきません。だからこそ、地道に準備を積み上げていけば、他の人にはマネできない強みになるのではないでしょうか。
このコラムが、少しでも読者の方が「うまくやる」参考になればうれしいです。
最後まで読んでいただきありがとうございました。

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