どの国にもいる「正義マン」|海外ビジネスでイライラしないために

海外ビジネスでは、国によって「正しい」と感じるポイントが異なります。ルール、権利、秩序、公平性など、正義感のタイプの違いを理解し、現地でイライラや摩擦を減らすための異文化理解の視点を解説します。

先日、自宅から駅に向かって歩道を歩いていた時のことです。

後ろのほうからチリンチリンと自転車のベルの音がしました。

音の感じから小学生ぐらいかなと思ったのですが、それと同時に母親らしき人が「あ、鳴らしたらダメ!」と大きな声でお子さんを叱ったのです。(ちなみに、予想通り小学校低学年くらいのお子さんでした。男の子でしたね。)

私は、自転車のベルぐらいでそんなに怒らなくても、と逆に驚きました。

目次

自転車のベルに見る日本の「正義感」

さて、母親がそこまで怒った理由については、少し思いあたることがあります。

この件があったしばらく前に、なぜか動画サイトに「自転車のベルを鳴らすのは違反!」という旨の動画がよく上がってきていて、「自転車のベルぐらいで…」という私の感想に反して、かなりの視聴回数になっていたのを覚えていたのです。

もちろん、母親がその種の動画を見ていた確証はありませんが、私には、母親がお子さんを叱る声に「子どもが悪いことをしたので、私がきちんと叱っておきますから」のような、周りの目に対する釈明の響きが感じられました。

もちろん、こちらは悪いことをされたなんて全く思っていません。むしろ、今までは自転車のベルを鳴らされても何ともなかった人が、あの動画が出回ってベルに関する知識を得たことで「ベルを鳴らすのはダメなんだよ!」と怒るようになるのであれば、少し残念だなとすら思っています。

このように、日本にはルールやマナーから逸脱することに敏感に反応する人がいます。

これは、自分が逸脱しないようにとても気を遣うという意味だけでなく、その裏返しとして他人が逸脱していないかをチェックする傾向が強いという意味でもそうです。

このような傾向があることは、日本社会の秩序や快適さを支える一面もありますが、「そんなに細かいところまで気にしないといけないのか」という閉塞感のようなものを感じる人もいるでしょう。

特に若い人たちは「こうやって他人のことばかりチェックする人がいるから日本はイヤなんだよ」とか、「海外は自由で良いなぁ(多くの場合アメリカを念頭に置いている)」のような気持ちを持たれる人も多いのではないでしょうか。

確かに「正義マン」とでも言うべき正義正論を振りかざす人が多すぎると息が詰まります。

しかし、この「正義マン」、日本だけにいるのではありません。海外にもこういう人はいますし、議論をすると「論破してやった」という態度を取る人が多く、煙たがられる傾向が強い点も世界共通のようです。

アメリカに行けば閉塞感から解放される、というわけにはいかないのですね。

国によって色合いが違う「正義のタイプ」

さて、正義マンの存在は世界共通だとしても、他人の行いを指摘するベースは国によってちょっと違いが出てきます。つまり、「正義のタイプ」が違うのです。

例えばこういうことです。

「もし自転車のベルの件が、日本、アメリカ、ドイツで話題になったら」を書くなら、こんな感じになるのではないでしょうか。(そもそもこんな指摘自体が出ないのでは?という意見もあるでしょうが、いったんお付き合いください。)

  • 日本では「ルールやマナーからの逸脱」について声が上がることが多い

 →「ベルは原則として鳴らしてはいけない」となる

  • アメリカだと「個人の権利の侵害」について声が上がることが多い

 →「歩行者への配慮が足りていない」となる

  • ドイツだと「規律や秩序を乱すこと」について声が上がることが多い

 →「自転車が歩道を走行していることが問題だ」となる

いかがでしょうか。あくまで個人的な経験をもとにした空想にすぎませんが、当たらずとも遠からず、といった感じでしょうか。

そして、正義のタイプは他にもいろいろあります。

  • 契約を守ること
  • 公平であること
  • 指導者の教えに従うこと
  • 神の教えを遵守すること
  • その国の伝統や文化に敬意を払うこと

このように、「なぜ他人にそのような指摘をするのか」という根拠は世界共通ではないのです。さらに言えば、一つの国の中でも地域によって正義感のタイプは違ってくるでしょう。

それでいて、どれも「正義」なのです。

「自分の正義」を持ち込まない

さて、ここまで述べてきたような「正義」の違いについて、私は海外赴任者研修などの場で受講者の方々に以下のようなアドバイスをしています。

  • 自分が現地で違法なことをしないのは当たり前
  • 自分が正義を逸脱しないようにするのも当たり前
  • しかし「正義のタイプ」は国によって違うので自国のタイプを持ち込んではいけない

自分と同じタイプの正義を無意識のうちに赴任先にも持ち込み、現地の人たちにも自分と同じタイプの正義で動くことを期待してしまうと、かなりのストレスになります

   なぜこんなに時間にルーズなのか

   なぜ契約書とは違うことを平気で主張するのか

   なぜ周囲の迷惑を考えないのか

   なぜ個人の権利ばかりを主張するのか

こういうイライラの背景には、実は自分の正義(=こうあるべき、という姿)を他人に勝手に期待しているだけということが少なくないのです。

その文化での「正しいこと」は何か

海外赴任や海外ビジネスを行う時、ほとんどの人が文化の違いについて考えるはずです。

しかし、この場合の「文化の違い」というのは、商習慣や宗教的なタブーなど、仕事や日常生活に直結する部分のことがほとんどで、本稿で議論したような「正義のタイプ」も含めて考える人はあまり多くありません。

文化というものは、その国の成り立ち、歴史上の出来事、社会制度、宗教、政治などが複雑に絡み合いながら長い時間をかけて形成されるものであり、ビジネスや日常生活はもちろんのこと、それ以外のことにも広く影響を及ぼしています。

だからこそ、海外ビジネスにおける文化の違いを考えるときに、正義のタイプについても考えを巡らせ、「そもそも、この国の人たちは何を『正しいこと』だと考えているのか」という観点を持つことができれば、今までより少しだけ色々なことを「うまくやる」ことができるはずです。

本稿が、少しでも多くの方の参考になれば幸いです。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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この記事を書いた人

Altus Leap(アルタス リープ)代表 
公認会計士 TOEIC975点

日本のさらなる飛躍のためにはグローバル人材の育成こそがカギになるという信念のもと、「英語・ファイナンス・文化理解」をパッケージ化した研修プログラム「Altus Leap(アルタス リープ)」をスタート。
実務に直結したカリキュラム、受講者との徹底的な伴走、そして受講者が日本人であることを強く意識した指導により、海外を「任せられる」人材を完成させます。
研修講師は海外ビジネスに関する豊富な経験を有する公認会計士や弁護士などのエキスパートばかり。クライアントが高く(Altus)飛躍(Leap)するために、人材育成の面から強力なサポートを提供します。

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